幻想ミステリ博物館 館長BLOG 読書編

HP「幻想ミステリ博物館」の「館長日記」のうち、読書に関する話題を特化して、BLOGに移行しました。

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ルース・レンデル未訳リスト

 かつて当サイトでも「マダム・ド・サヰコ館」と称して、ルース・レンデルを取り上げたページがありました。他にハイスミスとミラーを扱っておりましたな。その子サイトを消してより、幾星霜。
 私はレンデルが今でも好きです。このブログでジェイムズを取り上げながら、いつかレンデルのことも書かねば、かつて日本でレンデル・ブームがあったことも、大量に未訳作品があることも知られないままになってしまう、と危惧しております。
 まずはレンデルの未訳作品情報をここに残したいと思います。レンデル翻訳の最後の砦だった早川書房が、レンデル側と喧嘩別れして早十年になりますが、昨年80の傘寿を迎えた高齢でありながら、毎年長編を一、二作必ず出版するというパワフルさを知っていただきたい。世紀が変わってからの全作品が未訳ですし。
夥しい未訳作品を原書で読むのもしんどいので、私もただネット上での追っかけのみなのですが、それにしても凄い…。同い年の皆川博子先生もたいそうパワフルでおられます。
 ではリストを早速。

長編小説
The Keys to the Street 1996
Grasshopper 2000 バーバラ・ヴァイン名義
Adam and Eve and Pinch Me 2001
The Blood Doctor 2002 バーバラ・ヴァイン名義
The Babes in the Wood 2002 ウェクスフォード・シリーズ
The Rottweiler 2003
Thirteen Steps Down 2004
The Minotaur 2005 バーバラ・ヴァイン名義
End in Tears 2005 ウェクスフォード・シリーズ
The Water's Lovely 2006
The Thief 2006 中編小説
Not in the Flesh 2007 ウェクスフォード・シリーズ
Portobello 2008
The Birthday Present 2008 バーバラ・ヴァイン名義
The Monster in the Box 2009 ウェクスフォード・シリーズ
Tigerlily's Orchids 2010
The Vault 2011 ウェクスフォード・シリーズ

短編集
Means of Evil 1979 ウェクスフォード・シリーズ
The Copper Peacock 1991
Blood Lines 1995
Piranha to Scurfy 2000
Collested Stories vol.1 2007
Collected Stories vol.2 2008

 長編が17冊も…。しかも5作品のウェクスフォード警部ものが未訳。日本ではノン・シリーズのほうが人気があったとはいえ、看板シリーズの邦訳がこれではね。ブームが終わっても根強い人気があったのですから、なんとかしてほしいですね。あちらでは人気作家のままなので、翻訳権が高いんでしょうかねえ。
  1. 2011/08/25(木) 11:49:11|
  2. 英国
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クロフツィアンになれるかな?

 実はクロフツの初期作品2作を未読だった(『樽』『ポンスン』はさすがに何度か読んでますよ)。意識して残していたのだが、まあフレンチものも出揃ったことだし、この際読んじゃえ!と思ったわけだ。ここのところ色んな作家の未読本消化に勤しんでいるので、その一環。
 『製材所の秘密』(1922)。サンデータイムズのベスト99リストに入っている作品。フランスとイギリスを股にかけた国際密輸組織の陰謀を、二人の素人が暴こうとする前半は、フランスのボルドーやランド地方の風光明美な中で、『ボートの三人男』よろしく冒険が描かれて、イギリスの由緒正しき冒険小説の、男の子っぽい味わいがある。
 その組織に絡んで殺人が発生して、スコットランドヤードのウィル警部が捜査する後半、と二度おいしい。鉄道ももちろん出てきます。「訳者あとがき」で「『樽』と同工異曲」と書かれているが、全然趣が違うっす。この訳者、『樽』を読んだことあるのかね?
 『フローテ公園の殺人』(1923)。南アフリカ連邦の「ミッデルドルプ(Middeldorp)」市にある「フローテ公園(Groote Park)」のトンネルで轢死体が発見され…という発端だが、この地名、どちらも調べても出てこない。おそらくクロフツの創作で、オランダにある「De Groote Peel国立公園」から連想されたようだ。だからオランダ語方言のアフリカーンス語読みの地名になる。
 こちらも二部構成で、一転、イングランドとスコットランドの境界あたり、これまた風光明美な峡谷を舞台に、アリバイ崩しが描かれていて、英国地図を開きながら読むと誠に楽しい。現代のロードマップであっても、1920年代となんら変わっていないところが英国らしいし、クロフツを読む楽しみは、この地図通りの描写の生真面目さにある。これも訳者が「退屈な部分もある」と難癖をつけているが、結局クロフツは良き理解者としての翻訳者を得られなかったということかもしれない。それとも、「緻密」であっても決して「退屈」とは思わない私の方が、奇特なのだろうか。
 だから、現代の警察小説のリアリズムとも違っていて、犯罪の実状だけを取り出すとミもフタもないケースが多いが、それがベル・エポックの少年小説的味わいのオブラートにくるまれているのが、クロフツの身上である。それをひもとくのはまさに、余生の楽しみと言ってよかろう。ああ、私は迂闊にも、老後の楽しみに取っておいたはずの二長編を、僅か数日で楽しんでしまった。後は…全作再読くらいしかあるまい。さすれば私も、鮎川先生の造語「クロフツィアン」になれるだろうか。
  1. 2011/08/11(木) 00:10:24|
  2. 英国
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ケイト・サマースケイル『最初の刑事』

 話題のノンフィクションを読んだ。19世紀なかばの英国西部で起きた幼児惨殺事件を書いた『最初の刑事』(早川書房)である。英国の大宅賞「サミュエル・ジョンソン賞」に輝くベストセラーだ。
 ヴィクトリア朝の中流家庭が舞台となった「ロード・ヒル・ハウス事件」は、いたいけな3歳児が咽喉を掻き切られ野外便所に投げ捨てられるという、非道なものだった。事件は密室状態の邸の中で発生し、就寝中だった家族や使用人たちが犯人と目され、一大センセーションを巻き起こす。田舎のお屋敷(カントリー・ハウス)での犯罪という、英国の専売特許の嚆矢となる事件である。
 地元の警察による捜査は発生から二週間で膠着状態となり、スコットランドヤードからやり手のジョナサン・ウィッチャー警部が派遣される。そして警部が告発した犯人像は、当時の社会を震撼せしめるものだった…。
 ウィッチャー警部の名前に懐かしさを感じる人は、ディクスン・カーのマニアだろう。カーの1959年発表の歴史ミステリ『ハイチムニー荘の醜聞』(早川ミステリ文庫)の探偵役を務めた人だ。カーが創成期のスコットランドヤードをテーマにした三部作の第二作。今『ハイチムニー』は書架から取り出せないのでうろ覚えだが、ウィッチャー警部はここでも一族間の醜聞を暴く役割をしていたはずだ。
 中流階級の邸に、労働者階級出の探偵が土足で踏みこんで、家族のスキャンダルを暴きだすという、覗き趣味のセンセーショナルさに、当時の大衆は不安を感じながらも熱狂した。その結果、世界初の長編ミステリ『月長石』が誕生した。そんな、ミステリが産声を上げた時代を描いたノンフィクションである、つまらないはずがないだろう。なによりも、「刑事=探偵“Detective”」という存在がどのように生れて抵抗に遭いながら、社会の中に浸透していったかを、雄弁に物語る作品だ。
 名刑事ウィッチャーの人生をも狂わせた衝撃的な事件はその後、「家族の悲劇」というミステリの一大潮流を生み出した。この事件なくしては、ヴァン・ダインもアガサ・クリスティーもエラリイ・クイーンもロス・マクドナルドも横溝正史も高木彬光も…それからそれからありとあらゆる、つまり、腐敗一族もの(アンド、○○が犯人)を書いたミステリ作家たちは登場しえなかっただろう。
 フランスの歴史学“統計学派”のフィリップ・アリエスに『<○○>の誕生』(みすず書房)という大著がある(もちろん<○○>は伏せ字ではない)。中世から産業革命期に移行する中で労働力の担い手として<○○>という概念が誕生したという論があったと思う。産業革命期から進んで更に人権思想が胚胎する時期が、ちょうどこのロード事件の19世紀半ばだった。その中で、○○が残虐な殺人を起こしたというビザールさに英国全土が湧き返るさまを、サマースケイルは活写している。
 本格ミステリファンにはむろんのこと、警察小説好きやハードボイルドファン、更には英国怪談マニアにもアピールし得る見事な作品だ。ディケンズやコリンズといった文豪の小説をお好みならば、一読、損はない。
  1. 2011/06/14(火) 16:48:25|
  2. 英国
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ヒーローの消し方

 『ヒーローの作り方』(早川書房)を読んだ。オットー・ペンズラーが旧知の作家たちに依頼して書いてもらった、自作キャラクターについての限定本をまとめたものだ。
 御大ロバート・B・パーカー始め、ランキン、ディーヴァー、コナリー、ハンター、マレルなど、英国パズラーファンには余り訴える所の少ない面子だが、なんとコリン・デクスターが参加している。それだけアチラでは今でも、モース警部の人気が高いのだろう。一時はドラマのおかげで、ホームズの人気をも上回っていたらしいしね。
 そのドラマも見たことないし、そもそも日本では『ウッドストック』『キドリントン』以外は全部絶版になっているので、これから人気が再燃するはずもないが、私は今でもデクスターの作風もモース警部も大好きである。ドラマは全作収録DVD-BOXでも出れば買うだろう。
 この『作り方』を書店で手にした時、デクスターの部分だけチラ見して、インタビュー集かと勘違いしたが、他の作家はけっこうマトモに短編仕立てで自分の探偵役に就いて語っているが、デクスターは架空インタビューだった。こないだミステリマガジンでルイス警部(おお!出世したのう)を主人公にした短編を読んだばかりだが、さすがに死んだモース警部は生き返らせるつもりはないのだろう。
 架空インタビューとは言え、おそらくファンに今までさんざん訊かれてきた設問ばかり、中には「なぜモースを殺して終わりにしたのですか?」なんて、耳に痛い質問もある。デクスターの答えが揮っている。「殺してはいない。彼は自然死したのだ」。そりゃそーだろー。長年の飲酒とヘビースモーキングがもとでの心臓病だもんな。
 ライヘンバッハの滝壷からホームズを引っ張り出したようには、モースを蘇らせるのは無理なのだが、色んなシリーズ探偵の終わり方について、しばらく思いを巡らせることになった。
 デクスターと同じ終わらせ方と言えば、ゲイ探偵デイヴ・ブランドステッターだろう。作者ジョゼフ・ハンセンは、これまたデクスターと同じように、数作前から健康上の不安という伏線を張って、デイヴを最後の一文で奈落に落とした。病死は殺人ではないのだよ、モナミ。
 ポアロはクリスティーに殺された。いや、犯人は別にいるのだが、クリスティー自身がポアロをうざったく思っていて、自分の寿命が切れる遥か以前にポアロ殺しの長編を書いておき、銀行の金庫に入れていた。
 ほとんどの探偵は、決して最後に死に花を咲かせない。ただ作者の一生とともに退場するだけだ。ハードボイルドならばさぞ、壮絶な散り際を曝すもんだろうと思いきや、メデタシメデタシで終わるのが多いのも意外だ。スティーヴン・グリーンリーフの誠実な探偵ジョン・タナーは長年の秘書とゴールインした。ローレンス・ブロックのネクラ探偵マット・スカダーも近作(おそらく最終作と言われている)ではシヤワセそうだし、フィリップ・マーロウでさえ、最終作(未完のほう)ではアレだ。何を勘違いしたんだか(笑)。
 永遠に生き続けるヒーローと、作者にとどめを刺されるヒーロー。明暗がくっきりと分かれてしまった。私は幻ミスのほうではあまり、常連探偵を書く作家は扱っていないが、名探偵が大好きだ。ホームズ・ルパン・アケチコゴローで育っているので、シリーズ探偵ものだとジャンルの如何を問わず、嬉しくなって愛読してしまう。そんな可憐な(自分で言うか?)ファンを、たまに奈落のどん底に突き落とす作家もいるのだ。作家稼業は罪つくりだねえ。
  1. 2011/01/21(金) 10:05:02|
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P・D・ジェイムズと地霊

 さーて、ブログの最初に何を書くべきか悩んだが、ここ一年半くらいに亙って、折に触れ再読してきたP・D・ジェイムズについて語っておきたい。英国の長寿作家で、昨年の私のベストダズン海外1位に選んだ『秘密』[早川ポケミス]の作者である。詩人警官アダム・ダルグリッシュ主任警視がシリーズ探偵で、『秘密』はその最新作にして、おそらく最終作(現在、作者、おん歳91歳だしね)。
 ジェイムズ再読は私にとっては、苦行でも何でもなかった。実に楽しかった。ジェイムズは彼女の作風の名物、人物や建物のこってり描写のほかにも、予め地理的な設定をかなり具体的に立てているようで、ダルグリッシュが愛車ジャガーを駆って事件現場へ赴く描写を、ロードマップ片手に辿っていくと、本当に実在しそうな場所へ至ることが多い。英国の地理に馴染みのない我々でさえそうなのだから、当のイギリスの読者には、「ああ、あそこの地方ねえ」と思い当たる節も多々あるのだろう。
 ジェイムズはおそらく地方の風物を愛し、その地霊に敏感な作家なのだと思う。『秘密』の舞台は、イギリス南西部ドーセット州の荘園を改築した美容形成外科医のクリニック。庭にはストーンヘンジを彷彿とさせるストーンサークルまであって、何か起りそうな雰囲気は満々。そこに滞在していた私費患者(原題の“Private Patient”)のジャーナリストが殺されるのだが、その夜、ストーンサークルで妖しい光が…。
 妖光まで引っ張り出したが、ジェイムズは決して、おどろおどろしい作風のオカルト作家ではない。彼女の描く人間関係は確かにいつもドロドロしているが、それはあくまで、被害者に「死亡フラグ」を立てに行く必要条件である。それよりも彼女が毎回、愛情をこめて描く建物の描写にこそ、地霊への心情が籠められているのだと思う。
 前近代の遺物のような時間に忘れ去られた場所で、ゆきどまりの人間関係が奏でる絶望的なゲーム。それは、さながら、地霊に捧げられる供物である。石造りの堅牢な建物はいつも、地霊の宿る神殿なのかもしれない。
 ジェイムズを読む楽しみはその辺にある。下世話な楽しみ方ならば、毎度毎度の錯綜する人間関係が、陰鬱なメロドラマとしては一級品だろう。陽性のものではないが、これも確かにシェイクスピア譲りの、くらーいメロドラマだ。
 暗いメロドラマと言っておきながら、作者は『秘密』では、ダルグリッシュについに生涯の伴侶を与える。同時代のコリン・デクスターのモース警部が孤独に退場していったのを思い出すと、こちらは実に喜ぶべきだろう。
 そういうシリーズの総括作としての評価から、ベストダズン入りとしたのだ。この作品、一部ネットでは訳文がひどいとか欠陥翻訳とか、さんざんに言われていて、確かに訳者か出版編集者の怠慢を感じないでもないが、それだけで評価が低いとなると、可哀そうだ。同じジェイムズの人気作『女には向かない職業』や、ミステリ永遠の名作『そして誰もいなくなった』や『三つの棺』にだって、致命的な誤訳があったまま評価されてきたのだし、そういう枝葉をあげつらっていても、読書は楽しめまい。
  1. 2011/01/10(月) 17:57:27|
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