幻想ミステリ博物館 館長BLOG 読書編

HP「幻想ミステリ博物館」の「館長日記」のうち、読書に関する話題を特化して、BLOGに移行しました。

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P・D・ジェイムズと地霊

 さーて、ブログの最初に何を書くべきか悩んだが、ここ一年半くらいに亙って、折に触れ再読してきたP・D・ジェイムズについて語っておきたい。英国の長寿作家で、昨年の私のベストダズン海外1位に選んだ『秘密』[早川ポケミス]の作者である。詩人警官アダム・ダルグリッシュ主任警視がシリーズ探偵で、『秘密』はその最新作にして、おそらく最終作(現在、作者、おん歳91歳だしね)。
 ジェイムズ再読は私にとっては、苦行でも何でもなかった。実に楽しかった。ジェイムズは彼女の作風の名物、人物や建物のこってり描写のほかにも、予め地理的な設定をかなり具体的に立てているようで、ダルグリッシュが愛車ジャガーを駆って事件現場へ赴く描写を、ロードマップ片手に辿っていくと、本当に実在しそうな場所へ至ることが多い。英国の地理に馴染みのない我々でさえそうなのだから、当のイギリスの読者には、「ああ、あそこの地方ねえ」と思い当たる節も多々あるのだろう。
 ジェイムズはおそらく地方の風物を愛し、その地霊に敏感な作家なのだと思う。『秘密』の舞台は、イギリス南西部ドーセット州の荘園を改築した美容形成外科医のクリニック。庭にはストーンヘンジを彷彿とさせるストーンサークルまであって、何か起りそうな雰囲気は満々。そこに滞在していた私費患者(原題の“Private Patient”)のジャーナリストが殺されるのだが、その夜、ストーンサークルで妖しい光が…。
 妖光まで引っ張り出したが、ジェイムズは決して、おどろおどろしい作風のオカルト作家ではない。彼女の描く人間関係は確かにいつもドロドロしているが、それはあくまで、被害者に「死亡フラグ」を立てに行く必要条件である。それよりも彼女が毎回、愛情をこめて描く建物の描写にこそ、地霊への心情が籠められているのだと思う。
 前近代の遺物のような時間に忘れ去られた場所で、ゆきどまりの人間関係が奏でる絶望的なゲーム。それは、さながら、地霊に捧げられる供物である。石造りの堅牢な建物はいつも、地霊の宿る神殿なのかもしれない。
 ジェイムズを読む楽しみはその辺にある。下世話な楽しみ方ならば、毎度毎度の錯綜する人間関係が、陰鬱なメロドラマとしては一級品だろう。陽性のものではないが、これも確かにシェイクスピア譲りの、くらーいメロドラマだ。
 暗いメロドラマと言っておきながら、作者は『秘密』では、ダルグリッシュについに生涯の伴侶を与える。同時代のコリン・デクスターのモース警部が孤独に退場していったのを思い出すと、こちらは実に喜ぶべきだろう。
 そういうシリーズの総括作としての評価から、ベストダズン入りとしたのだ。この作品、一部ネットでは訳文がひどいとか欠陥翻訳とか、さんざんに言われていて、確かに訳者か出版編集者の怠慢を感じないでもないが、それだけで評価が低いとなると、可哀そうだ。同じジェイムズの人気作『女には向かない職業』や、ミステリ永遠の名作『そして誰もいなくなった』や『三つの棺』にだって、致命的な誤訳があったまま評価されてきたのだし、そういう枝葉をあげつらっていても、読書は楽しめまい。
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  1. 2011/01/10(月) 17:57:27|
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