幻想ミステリ博物館 館長BLOG 読書編

HP「幻想ミステリ博物館」の「館長日記」のうち、読書に関する話題を特化して、BLOGに移行しました。

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ケイト・サマースケイル『最初の刑事』

 話題のノンフィクションを読んだ。19世紀なかばの英国西部で起きた幼児惨殺事件を書いた『最初の刑事』(早川書房)である。英国の大宅賞「サミュエル・ジョンソン賞」に輝くベストセラーだ。
 ヴィクトリア朝の中流家庭が舞台となった「ロード・ヒル・ハウス事件」は、いたいけな3歳児が咽喉を掻き切られ野外便所に投げ捨てられるという、非道なものだった。事件は密室状態の邸の中で発生し、就寝中だった家族や使用人たちが犯人と目され、一大センセーションを巻き起こす。田舎のお屋敷(カントリー・ハウス)での犯罪という、英国の専売特許の嚆矢となる事件である。
 地元の警察による捜査は発生から二週間で膠着状態となり、スコットランドヤードからやり手のジョナサン・ウィッチャー警部が派遣される。そして警部が告発した犯人像は、当時の社会を震撼せしめるものだった…。
 ウィッチャー警部の名前に懐かしさを感じる人は、ディクスン・カーのマニアだろう。カーの1959年発表の歴史ミステリ『ハイチムニー荘の醜聞』(早川ミステリ文庫)の探偵役を務めた人だ。カーが創成期のスコットランドヤードをテーマにした三部作の第二作。今『ハイチムニー』は書架から取り出せないのでうろ覚えだが、ウィッチャー警部はここでも一族間の醜聞を暴く役割をしていたはずだ。
 中流階級の邸に、労働者階級出の探偵が土足で踏みこんで、家族のスキャンダルを暴きだすという、覗き趣味のセンセーショナルさに、当時の大衆は不安を感じながらも熱狂した。その結果、世界初の長編ミステリ『月長石』が誕生した。そんな、ミステリが産声を上げた時代を描いたノンフィクションである、つまらないはずがないだろう。なによりも、「刑事=探偵“Detective”」という存在がどのように生れて抵抗に遭いながら、社会の中に浸透していったかを、雄弁に物語る作品だ。
 名刑事ウィッチャーの人生をも狂わせた衝撃的な事件はその後、「家族の悲劇」というミステリの一大潮流を生み出した。この事件なくしては、ヴァン・ダインもアガサ・クリスティーもエラリイ・クイーンもロス・マクドナルドも横溝正史も高木彬光も…それからそれからありとあらゆる、つまり、腐敗一族もの(アンド、○○が犯人)を書いたミステリ作家たちは登場しえなかっただろう。
 フランスの歴史学“統計学派”のフィリップ・アリエスに『<○○>の誕生』(みすず書房)という大著がある(もちろん<○○>は伏せ字ではない)。中世から産業革命期に移行する中で労働力の担い手として<○○>という概念が誕生したという論があったと思う。産業革命期から進んで更に人権思想が胚胎する時期が、ちょうどこのロード事件の19世紀半ばだった。その中で、○○が残虐な殺人を起こしたというビザールさに英国全土が湧き返るさまを、サマースケイルは活写している。
 本格ミステリファンにはむろんのこと、警察小説好きやハードボイルドファン、更には英国怪談マニアにもアピールし得る見事な作品だ。ディケンズやコリンズといった文豪の小説をお好みならば、一読、損はない。
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  1. 2011/06/14(火) 16:48:25|
  2. 英国
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