幻想ミステリ博物館 館長BLOG 読書編

HP「幻想ミステリ博物館」の「館長日記」のうち、読書に関する話題を特化して、BLOGに移行しました。

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ツタンカーメンのいろはにほへと

 先日から小泉喜美子からみで取り上げているクレイグ・ライスだが、マローン弁護士シリーズ以外の代表作と言ったらやはり、『スイート・ホーム殺人事件』(1944)だろう。「殺人小説で心ほのぼの」((C)野崎六助)出来る傑作だ。
 売れっ子ミステリ作家のお母さんがもっと有名になるようにと、三人の子供たちが隣家の殺人事件を解決しようと奔走し、ついでに忙しいお母さんに似合いの伴侶まで探してあげようという、かなり笑える作品。子供たちが大人にばれないように会話したい時使用するのが、「タット王の英語」と呼ばれる暗号である。冒頭には「タット王イロハ」なる暗号表がついていているが、まあ、他愛もない類のものだ。

 翻訳だと、宝石(掲載時タイトル『甘美なる殺人』)→ポケミス→ミステリ文庫と、長谷川修二氏の訳が半世紀にわたって愛されてきたが、暗号部分はこんな具合だ。
「ダガ・イキ・ジョコ・ブク?」
「ゼッケ・タカ・イキ・ニキ」
 文字の後ろに、母音を同じくするカ行の音がくっつく。つまり子供たちの会話は「ダイジョブ?」「ゼッタイニ」となる。

 暗号でテキストが印刷された暗号小説集『秘文字』(1979)所収の「暗号法とその解き方」では、暗号協会の初代会長・長田順行氏が暗号を六種類に分類しているが、その分類法によると、この暗号は簡単な「換字法」である。
 宝石に翌年掲載された乱歩らとの座談会によると、長谷川氏はこの暗号を日本語に訳す時「深川言葉」を使用したと言っている。
「深川言葉」は遊郭などで発達した言葉遊びで、カ行音を使用する所から「からこと(唐言)」とも言うそうだ。『スイート・ホーム殺人事件』は2009年に羽田詩津子氏によって改訳されたが、暗号部分に「唐言」を使用しているのは全く一緒である。そして、冒頭の「イロハ」表は五十音順に並びなおされて、使い勝手がよくなっている。

 子供たちが変な言葉を使っているのを聞き咎めたお母さんに、末っ子のアーチーが「タット王の英語なんだい」と口を割りそうになる場面が第2章にある。さてこの「タット王」って誰だ?、とお思いでしょう。
 この場面、原書では“King Tut English”と言っていて、冒頭の「イロハ」表は、“The King Tut Alphabet”と記されている。“King Tut”は英語のスラングで「ツタンカーメン」のこと。正式名称が“Tut-ankh-amen”「トゥト・アンク・アメン」で、その頭の音を流用しているのだ。「タット王イロハ」は即ち、「ツタンカーメンのアルファベット」なのだ。
 ちょっと歴史に詳しい人なら、「ツタンカーメン王の時代のエジプトじゃ、ヒエログリフが使われていて、ギリシャ文字由来のアルファベットはそのずっと後だ」と指摘するだろう。ヒエログリフも一種の暗号と見做せなくもないが、何故この暗号がツタンカーメン・アルファベットと呼ばれるのか、よくわからない。

 原書でイロハ表を眺めていると、“B”の項目が“Bub”となっているのに気付いた。ほかのアルファベットも、“F”が“Fuf”、“N”が“Nun”てな具合で、5母音以外はほとんどおまけつきの「換字法」である。案外イレギュラーであるのは、“C”だと“Cash”、“H”だと“Hash”、“J”だと“Judge”、“S”だと“Shush”、“Y”なら“Yum”と、おそらく他の子音の重ね字との混同を避けるためだろう、既存の語を使用している(それぞれ「金」「ごたまぜ」「判事」「しっ!」「旨い!」となる)。

 そして、“T”の項目は“Tut”となる。「タット王」ではないか。何故この言葉遊びの暗号が「タット王のアルファベット」と命名されたか、理由がわかろう。他の語がありふれた言葉であるのに対し、いきなり呪いと謀略の代名詞・ツタンカーメンが出て来るのだから、謎めいていていかにも暗号らしかろう。しかも同時に、“Tut”という言葉は間投詞で「ちぇっ!」という舌打ちの言葉にもなる。言葉にしたくとも発音し辛くて、「ちぇっ! ちぇっ!」“Tut-Tut!”だったのだ。子供が喜んで使いそうな暗号だ。
 積年の謎が解けた。
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  1. 2011/03/08(火) 10:11:26|
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