幻想ミステリ博物館 館長BLOG 読書編

HP「幻想ミステリ博物館」の「館長日記」のうち、読書に関する話題を特化して、BLOGに移行しました。

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小泉喜美子、翻訳と創作と

 小泉喜美子の本を積み上げて、読み返している。出版芸術社が平成5年に刊行した『弁護側の証人』の奥付を見ると、彼女の命日の刊行だった。出版芸術社は伝説の編集者・原田裕氏が社長の小出版。ミステリやSF幻想というジャンル文学で今、一番いきのいいアンソロジストの日下三蔵氏も、ここの編集者出身。なんだか編集した人の気持ちが知られて、ほろっときた。
 小泉喜美子女史は、その頃の女性には珍しいハードボイルド愛好家で、きっぷのいいエッセイで知られ、海外ミステリの翻訳家として重鎮だった。「ハヤカワミステリマガジン」のファミリーの一員で、突然の訃報が載った号の内容も、鮮明に覚えている。
 30冊近くあった彼女の訳本は、私がその頃読んでいた傾向とかぶっていたらしく、ほとんどが書架に見受けられる。前回このブログで取り上げたP・D・ジェイムズはじめ、ジェイムズ・エルロイ、クレイグ・ライス、ルース・レンデル、アーウィン・ショー、ジェイムズ・クラムリー、ジェイムズ・マクルーア、トニイ・ヒラーマン、ジョゼフィン・テイ、マーシャ・ミュラー、そして彼女が崇拝していたチャンドラー…どうやら25冊以上あるようだ。コロンボのノベライズもあるぞ。
 当HPでは書誌に訳本は含まない意向なのだが、こういう作家を取り上げていると、翻訳も又、本人の作品として価値を認めていいような気もする。
 小泉女史と言えば、もと旦那の生島治郎(作家、もと早川書房編集者・小泉太郎)とのエピソードを思い出す。お互いが小説を書くために離婚したが、エッセイ『やさしく殺して』では、あとのパートナーの内藤陳と三人で語り明かす楽しい関係だと述べている。しかし、これは本人のエッセイにはないことだが、その後、生島の再婚相手の韓国人女性を誹謗したとかで、生島から絶交を言い渡されたらしい。
 彼女は昭和9年生まれで、偶然うちの両親と同い年。戦時少国民世代で、終生、子供の頃に植えつけられた偏見は抜けなかっただろう。それ故の中傷か、はたまた嫉妬か、彼女の心の内が垣間見える。強がりこそハードボイルドの基本なら、ハードボイルドな人生を歩まざるを得なかったわけだ。
 しかし、彼女は最後まで筆名でもと旦那の姓を名乗り続けた。ここで私はつい、英国の有名な女流ミステリ作家のことを思い出してしまう。あのアガサ・クリスティーも、離婚後も再婚後ももとの夫の姓を筆名で名乗り続けた。小泉女史は本格パズラーには概して冷淡だったが、クリスティーはオシャレで楽しいと高評価だった。
 嫌いで別れた訳ではない相手の名を筆名に残すのも、女ごころである。早い晩年には内藤との縁も切れて、ひとり身でエッセイや小説を書き続けていたようだ。死後に刊行された長編『死だけが私の贈り物』を読むと、そんな秘められた嗚咽が聞こえてくる。
  1. 2011/01/19(水) 17:45:58|
  2. 幻ミス
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