『黄色い部屋』リニューアル

 晶文社から出ていた都筑道夫氏の『黄色い部屋はいかに改装されたか?』が、増補版としてフリースタイルより刊行された。現代ミステリに多大な影響を与えた評論が、こういう形で読み継がれることは、大変ありがたい。
 主に本格ミステリというジャンルについて考察した、ハヤカワミステリマガジンの連載をまとめたものが母体だが、増補されたのは、連載から生まれた佐野洋氏との論争(いわゆる「名探偵論争」)と、その前後の短論である。都筑氏いわく「モダーン・ディテクティヴ・ストーリイ」についての論が主。
 この本論の中で氏は、「昨日の本格」「今日の謎解き小説」なる呼称も使っていて、もちろん、後者が「モダーン・ティテクティヴ・ストーリイ」を指すのは言うまでもない。ミステリファンなら誰でも読んでいるであろう横溝正史の代表作を引き合いにして、この昨日と今日との差異を論じている部分は、21世紀の今でも充分通用する。
 また、連載の最初に、テレビ化された『牡丹灯籠』の視聴者投書を引いて、リテラシーの大切さを語っているが、この部分こそ、ネットが様々なレベルの感想文を垂れ流す現代に、真摯に受け止めるべき論かもしれない。
 かく言う私もこんなブログで、拙いリテラシーを曝して失笑を買っているのではないかと、日々怯えているのだが、アナログの時代から貯め込んだデータ量はけしてひけを取らないとも、自負している。間違った書誌、誤ったデータは垂れ流すまい、と精進しているつもりなのです。
 話をもとに戻すと、フリースタイルの都筑本、『ポケミス全解説』『読ホリデイ(上・下)』に続いての、ポケミス写し版で、私のようなポケミス愛好家にはウレシイが、特殊な版型だから手に取るのを躊躇する方もおいでだろうと思う。ある時代の本格ミステリ観を代表するエッセイだから、是非ともお読みいただきたい。特に、新本格以降の若い読者に手にとってもらいたいですねえ。

レジナルド・ヒル氏逝去

 レジナルド・ヒル氏が今月の12日に亡くなった。享年75。5、6年前の『ダルジールの死』あたりから、死を覚悟して見据え、なおかつ、茶化すような感じが見えていたけれど、もしかすると癌との闘病はその頃から始まっていたのかもしれない。
 2010年には作家活動40周年を迎えて、何も知らぬ極東の一ファンは、まだまだダルジールの憎まれ口が聞けると思っていたが、こんなに突然に訃報はもたらされた。昨年のベストダズンに最新刊『午前零時のフーガ』を選ばなかったのが、なぜか悔やまれる。モジュラー型がらしくなくって、やや好みから外れていたのだが、そういう贅沢を言えるのも作者が健在であればこそ、詮ないことだ。

2011年のベストダズン

 あけましておめでとうございます。13年目突入の貧弱HPですが、本年もちびちびとやっていきますので、どうぞひとつ長い目で見てやって下さい。
 さて昨年は大きな震災があり、本日も正月早々震度4でびびらされましたが、それに挫けていてはイケマセン。児玉清さんや内藤陳さんという本読みの達人が逝き、さみしくなった気もしますが、それで落ち込んでいてはあきまへん。私たちは本の虫です。大いなる未読の山に徒手で立ち向かってゆくのです。
 そうは言っても昨年は、落ち着いて本を読んだ気があまりしないのも事実。その中からベストダズンはおこがましいのですが、やはりやっておかないと前に進めません、2012年が来ないのです。だから無理して選んでしまいます。

国内編
1位『開かせていただき光栄です』皆川博子(早川書房)
2位『11』津原泰水(河出書房新社)
3位『統ばる島』池上永一(ポプラ社)
4位『ばらばら死体の夜』桜庭一樹(集英社)
5位『爛れた闇の帝国』飴村行(角川書店)
6位『五色沼黄緑館藍紫館多重殺人』倉阪鬼一郎(講談社ノベルス)

国外編
1位『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ(東京創元社)
2位『都市と都市』チャイナ・ミエヴィル(ハヤカワSF文庫)
3位『アンダー・ザ・ドーム(上・下)』スティーヴン・キング(文藝春秋)
4位『ローラ・フェイとの最後の会話』トマス・H・クック(早川ポケミス)
5位『装飾庭園殺人事件』ジェフ・ニコルスン(扶桑社ミステリー文庫)
6位『ブラッド・ブラザー』ジャック・カーリイ(文春文庫)

 だいたいお気付きと思いますが、国内外とも5位、ヘ○タ○枠です(笑)。なら、6位はさしづめ、イカレ本格枠だね(爆)。そう言えば短評が済んでしまうのもアレですが。
 皆川先生の最新長編は、文句なく面白いです。各年末ベストでの軒並みベストスリー入りも、頷けます。傘寿にしてこんなアグレシッブな作品を書けるものなんですね。早いところ続編も読みたい!津原氏の幻想短編集は奇想度が高く、なおかつ美しいです。
 国外編1位の『犯罪』、初読の時は世評が高いほどは、感心しなかったのです。ところがなんだか再読しなきゃ、という強迫観念にとらわれて、ひと月しないうちにもいっかい、読んでみたのです。そしたら噛みしめるほどにくせのある味わいがえも言われず、いわゆるスルメ作品でした。ミエヴィルの奇想SFミステリや、重量級・金グ太郎飴をおしのけて、1位となりました。この辺三つ巴かな。

 とまあ、読書量が劇的に減っている今日この頃ですが、なんとかダズン選べました。青息吐息でございますが、何卒宜しゅう。

土屋隆夫先生を悼む

 94歳ということで、大往生と言っていいのでしょう。しかし、まだまだご健在で、長編を発表してくださるものと信じていました。まさかの訃報に、今は蕭然たる気持ちです。イーデン・フィルポッツのように96歳で長編発表(1959年の“There Was an Old Man”)なんてニュースを待っておりましたが、それも今となっては叶わぬことです。
 土屋先生の作品は、近年台湾などで評価が高く、獨歩文化から長編13作(最後の『人形が死んだ夜』以外全作)が翻訳されています。長編に特に顕著な、嫋々たる味わいが好まれたのでしょう。かっちりとした本格謎解きと、文学味溢れる人間性と言う、相反する要素を併せ持った作風は類例がなく、まさにオンリーワンの作家でした。
 奇しくも来年は鮎川哲也先生の十周忌でもあり、今頃乱歩正史両先生や戦友・鮎川藤村両氏と再会されていることと思います。素敵なミステリを、長い間ありがとうございました。

光文社文庫の赤江瀑短編傑作選を読む

 なぜか書店にこの3冊が揃っていると、買ってしまうのだ。新刊で出た時も買っているのに、なぜか買ってしまう。ヲタクの欲目だろうか、知らない人に買われるのが不憫で、つい買ってしまう。馬鹿である。
 赤江氏のファンを一人でも多く増やすためなら、積極的に未知の読者に買わせるべきであろうに、自分が横取りする。重ねて言うが馬鹿である。馬鹿だけど、赤江ファンなら判ってもらえるだろう、要は、少数の理解者だけで独占したいのだ。なので4セット目である。本当に、大馬鹿だ。
 馬鹿ついでに久々再読した。実は買ってこの方、目を通していなかった。まあ、今までの全作品持ってるから、別にこれ読まなくてもね、と後回しになっていたのだが。
 今まで短編代表作をまとめて再読と言うと、立風書房の『風幻』『夢跡』『飛花』が全部で48編入っててオトクだったので、そっちを読んでいたが、分厚いハードカバーで手が疲れるので、こっちにしてみた。文庫でもかなり分厚いクチに入るだろうが、こっちは全部で33編だ。まあ、新刊書店で手に入るもので、作品数がまとまっているのはこれだけ。でも、3冊とも再刷されていないようだ。品切れると絶版か…ふう…。
 もと講談社の編集者・成田守正氏が撰者のようで、同時期の学研M文庫の東雅夫氏編の『赤江瀑傑作選』とは、収録作が被らないようになっている。それぞれの巻に、幻想文学57号『伝綺燦爛―赤江瀑の世界』の鼎談で赤江文学を熱く語った、皆川博子・森真沙子・篠田節子の3氏の特別エッセイも収録されている。スバラシイ。全員、うちのHPの面子だ(笑)
 『花夜叉殺し』が幻想編、『禽獣の門』が情念編、『灯籠爛死行』が恐怖編、と銘打たれているが、総じて、幻想恐怖よりも情念が色濃い。芸や物や場に宿る「魔」が、情念を伴って闇の中から立ち上がってくる瞬間を、描き続けてきた作家だ。
 登場人物は「魔」の宿り主以外のなにものでもなく、情念の炎に焼かれて甘美にも身を滅ぼす。それだけ、ただそれだけの作家だ。しかし、それだけのことが、なんと奥深く妖しく切ないことか。ページのどこを開いても、溜息が出る。
 唯一無二の作家だと改めて感心した、というようなありきたりの言葉しか浮かばないが、ひとつ気になったのは、『禽獣』に収録されている「シーボルトの洋燈」の登場人物が、文春文庫版では「岡藤七郎」だったのが「五藤屋七郎」に変更されている点である。水先案内人の家系という設定の人物なので、屋号らしい姓に変えられたのだろうか。この傑作選は赤江氏が全面的に加筆修正をしているらしい。文章などをブラッシュアップもしておられるのだろうが、私が気がついたのはこれくらいだ。
 それにしても、この傑作選、最強です。学研M文庫の「幻妖匣」と併せてオススメするのに最適ですが、そろそろ書店の棚から消えそうです。でもご心配なく、光文社文庫の電子文庫にも収録済み。まだスマホでは読めませんが、そのうちなんとかなるでしょう。

| NEXT≫